12月6日、長野県伊那市を訪れました。
伊那市創造館による「ざざむし漁見学会」に参加し、地元の漁師さんが行う足踏み漁を見学し、さらに実際に体験するためです。
ざざむしは、伊那谷の冬を代表する伝統食材の一つです。
これまでにざざむしを食べたことはありましたが、どのように採っているかは見たことがありませんでした。
見学会は朝が早いため、前日に伊那北に前泊。早朝、身を切られるような寒さの中で川へ向かい、冷たい水に足を踏み入れました。
長靴を通して感じる体験したことのない冷たさに、ざざむし漁は実際に身体を通じてより理解が深まるのだと実感しました。
なぜ冬の伊那で「ざざむし漁」を見たかったのか
昆虫食という言葉は、近年さまざまな文脈で語られています。
環境負荷の低い未来の救済食、あるいは珍しい嗜好品として取り上げられることも少なくありません。現代的な昆虫食の礎となっている地域に根差した文化としての昆虫食。それがざざむし漁で見られるのではないかと考え、それを現場で確かめたいと考えました。実際に現地で見て体験することに大きな意義があるでしょう。
また、ボルネオ島でウツボカズラ飯を取材したことで地域の伝統食文化への関心が強くなったのも理由の一つです。
12月7日の天竜川──朝の川と、始まりの空気

冬の天竜川は、とても静かでした。
水面には低い光が反射し、川全体が淡く輝いているように見えます。
伊那北に前泊して迎えた朝
見学会は朝早くから始まるため、前日に伊那北へ入りました。
伊那北のホテルを出た瞬間、空気は張りつめ、顔や手など出ている部分が切れるような寒さを感じ、慌てて手袋と帽子を着用しました。
住んでいる地域の横浜では体感したことのない冷え込みです。

前日、地元のお店でざざむし漁に行くことを伝えると、「明日はマイナス5度の予報だよ。川のほうが温かいかもしれない」と言われました。
そのときは意味がわかりませんでしたが、実際に体験して、その言葉が腑に落ちました。
伊那市創造館による「ざざむし漁見学会」

今回参加したのは、伊那市創造館が主催する「ざざむし漁見学会」です。開催されるのは年1回。そんな貴重な会で、一部の人だけでなく、一般の参加者にも開かれた形で行われていました。伊那市役所に集合し、そこからマイクロバスで現地へと連れて行ってもらいました。

地域文化として漁を伝える試み
ざざむし漁は、地域の文化として受け継がれてきました。
見学会という形式には、その姿勢がはっきりと表れています。
今回の参加者は9人。
取材の方、アメリカ企業でSDGs関連の仕事に携わっている方々など、背景はさまざまでした。
私が横浜から来たと漁師さんに伝えると、「このためだけに?」と驚かれました。このためだけです。それだけ魅力と希少性がある催しだと思いますが、謙遜されていたのかもしれません。
ざざむし漁とは何か

ざざむし漁とは、長野県伊那谷を中心に、冬の天竜川で行われてきた伝統的な川漁です。
川底の石の間や砂礫に生息する水生昆虫の幼虫を採集し、佃煮などの食材として利用します。
「ざざむし(ざざ虫・ザザムシ)」という名称は、特定の一種を指すものではありません。
主にトビゲラ、カワゲラ、ヘビトンボなど、複数の水生昆虫の幼虫をまとめた呼称です。
冬に行われる理由は、水温が下がることで虫の動きが鈍くなり、採集しやすくなること、そして脂がのるからだといわれています。
伊那では、川に入り足で川底を踏み攪拌する「足踏み漁」という方法が受け継がれてきました。
マゴタロウという存在

中でも、大型のヘビトンボの幼虫は「マゴタロウ」「マゴタ」と呼ばれていました。
長野県上伊那地域振興局発行「信州伊那谷のおいしい昆虫」のざざ虫研究家の牧田豊さんの記事にはこう書かれています。「漢方薬での小児の疳の薬として、強壮剤として販売されていた。5匹づつ竹串に刺した姿で売られるのが通例で、宮城県斉川村(現在白石市)のものが古くから有名である。」
伊那谷で続いてきた冬の川漁
ざざむし漁は、冬の貴重なたんぱく源として生活の一部として行われてきました。
農業と兼業している方が多く、厳冬期の貴重な収入源にもなっていたと聞きました。
他地域にもざざむし漁はありましたが、伊那谷で特に残ったのは、商業として成り立っていた背景があるからだそうです。
足踏み漁という技術

ざざむし漁で用いられるのは、足踏み漁と呼ばれる方法です。
網や籠、鋤といった道具はありますが、主役は人の身体です。
事前準備と必要な装備
見学案内には、「できる限りの暖かい服装と、しっかりとしたゴム長、ゴム手袋、携帯カイロなどでの完全武装をおすすめします」と書かれていました。
「完全武装」という言葉に、ただならぬ空気を感じます。
ゴム長を持参し、登山用のフリースにジャケット、ヒートテックを上下二重に着込み、帽子とネックウォーマーで臨みました。
川底を足裏で探るという感覚

まずは漁師さんからの説明があり、目の前で漁を実演してくださいました。
その後、実際に川に入り、鋤で川底の石を掘り返し、足で攪拌し、剥がれたざざむしを下流に置いた網へ追い込みます。


水の冷たさが思考を奪う
川の水は想像以上に冷たく感じました。
しばらく浸かっていると足先の感覚が鈍くなり、考える余裕がなくなります。
知覚や思考が薄れ、身体感覚だけが残る、不思議な状態になりました。そして楽しい。ハイになりました。

実際に体験してわかったこと

川底の滑りやすさ、流れの中でバランスを保つ難しさ、石の重さ。
ほんの10分ほど体験しただけでも、大変さを実感しました。川の中での鋤の使い方、コツなどを教えていただきました。「畑のようには振り下ろさないんだよ。端っこの方で引っ掛けるように石を返す」と丁寧に教えていただき納得と感謝。

とても楽しい。実際に収穫できたざざむしを見ると喜びはひとしおです。山菜採りに似た原始的な喜びがあります。
けれど、これを仕事として何日も何時間も続けるとなると、想像を超える苦労があると思います。
見ることと、やることの大きな隔たり

流れ、足場、水温。
それらすべてに対応しながら作業を続けるには、体力と集中力が要ります。
身体が理解していく
ざざむし漁は、お話を聞いただけでは理解しきれませんでした。
実際に体験し、本当の楽しさ、そして大変さをじわりと体感できます。
それでも、私の体験はほんの一端に過ぎません。
漁師さんの話から見える、ざざむし漁の現在
漁師さんのお話は淡々としていましたが、この文化への深い愛情が伝わってきました。
ざざむし文化を大切にし、誇りに思っている。そんな思いを感じます。
続けることの難しさ
食文化として知られる一方で、担い手は減り、収穫量も減っていると聞きました。
それでも漁を続けるのは、文化への愛情と生活の延長にある行為だからなのでしょう。
この文化がこれからも続いていくことを、心から願っています。
冬の川で感じた境界
川に立つと、人と自然の距離が一気に縮まります。
人は自然を利用する側でありながら、同時に強く制約される存在でもあります。
その両義性を、冬の天竜川ははっきりと示していました。
川の恵み、ざざむしの佃煮を味わう

漁の見学と体験のあと、ざざむしの佃煮の試食会が行われました。
川から上がり、冷えた身体のまま味わう佃煮は、体験の延長にある食でした。
見た目から強い印象を持たれがちなざざむしですが、実際に口にすると、癖はほとんどありません。特に新鮮だからだと思います。
サクサクとした歯ごたえがあり、甘辛い味付けの中に、川の風味を確かに感じ、これまでに食べたざざむしの中で最も美味しいものでした。

単なる「珍しい食べ物」ではなく、冬の保存食として理にかなった食品だと感じました。
漁師さんから教わった佃煮の作り方
漁師さんに聞いた、ざざむしの下処理

漁の間に、漁師さんから佃煮にするまでの下処理も教えていただきました。
まず、採れたざざむしを丁寧に洗い、泥や不純物を取り除きます。これが大変だそうで、山菜と似ていると思いました。
選別と下処理が最も重要で、ここをきちんと行わないと味に大きく影響するそうです。特にナベブタと呼ばれる三葉虫のような節足動物が混じるので、これを除くそうです。

その後、アクを抜くために何度も熱湯で茹でこぼす。大変な手間がかかっています。
食として完結する体験
川から食卓へとつながる体験

川に入るところから始まり、採り、調理し、食べる。
ざざむし漁は、その一連の流れがつながっています。
佃煮を味わいながら、最後に実際に試食できてよかったと思いました。
自然と人の関係が、食というかたちで静かに結実する。
その過程を、短い時間ながらも体験でき、貴重な経験になりました。
まとめ:ざざむし量に見る「食の原風景」

ざざむし漁は、川があり、人が入り、食べる必要があった。日常的な理由で続いてきた営みです。川に入り、採り、調理し、食べる。
そこには人としての原始的な喜びがあります。
その原風景は、都市にいると見えにくいものです。
しかし伊那の冬の川には、今も残っています。
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▶︎ English version
A field report on traditional zazamushi fishing in Ina Valley, Japan
https://kiyamisaki.com/en/zazamushi-fishing-ina-valley-japan/




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